International Jomon Cultuer Conferrence|縄文土器/土偶/貝塚/勾玉など縄文時代/縄文人の文化を探求する考古学団体 (▼△▼)/

■ 「ユネスコ世界遺産登録記念 北の縄文世界と国宝」展 阿部千春さんインタビュー①


ゲスト:阿部千春さん(北海道縄文世界遺産推進室 特別研究員)
聞き手:関 俊彦(国際縄文学協会理事)
2023年8月2日 北海道博物館にてインタビュー

※「ユネスコ世界遺産登録記念 北の縄文世界と国宝」展 2023年7月22日から10月1日まで北海道博物館にて開催。

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:この度、北東北の縄文遺跡群が世界遺産となりました。これら縄文時代の遺跡群は、年代的に幅がかなりあります。これだけ時間幅のあるものを世界遺産にするのは珍しいですね。
縄文時代とそれと並行する世界というと、エジプトのピラミッドや神殿、イギリスのストーンヘンジなどがありますが、世界のそれら遺跡と比較したときに、縄文の独自性とは何でしょうか。また、独自性がその文化文明の特徴になると思いますが、縄文文化の特徴についてご紹介ください。

阿部:縄文の遺跡群は、シリアル・プロパティーズ(Serial Properties)と言って、ひとつではなく複数の遺跡で構成される資産です。構成資産は17遺跡で、年代的には1万5000年前の大平山元遺跡から2300年前の是川遺跡、資産範囲は北海道の南部から北東北と広範囲です。地域はともかく、年代幅がこれだけある世界遺産はありません。

縄文の一番の特徴は、やはり安定した定住生活が1万年以上続いたということだと思います。この時間幅をひとつの遺跡だけで物語を語ることは出来ません。複数の遺跡で物語を組み立てていくわけです。人類の定住の歴史を考えるときに、縄文というのは採集・漁撈・狩猟で生計を立てていますから、そうするとその周辺の自然環境が大事になってきます。そのなかで、冷温帯落葉広葉樹林という森林のベースがあって、そして海洋では暖流と寒流が交わる地域である。こういう地域のなかでの1万年の人類の歴史、定住の歴史をストーリーとして組み立てています。

1万5000年前に氷期が終わって温暖化が始まり、東日本では亜寒帯針葉樹林が落葉広葉樹林に変化し、海水面も上昇します。それまでマンモスなど大型の草食獣を獲っていた人たちが今度は周辺の森や海、川から食料を得るようになります。つまり、氷期には食料が移動していたので人間もそれに伴って移動していましたが、気候変動によって温暖期に変わると、森が茂り河川が発達し、海水面が上昇し海岸では貝や魚が獲れるようになります。

そうしたときに、人類は海岸の方へ移動していきます。北海道の例ですと、旧石器時代は海岸線から40~50キロ離れた内陸に遺跡があります。しかし、縄文時代の早期になると1キロ以内のところに遺跡が移動していきます。それが中期になり遺跡が増えてくると、今度は山の方に広がっていきます。このようなことから、人間は自然のなかで生かされているということを17の遺跡で伝えられたらと考えます。こうした人間と自然の関係を伝えることも世界遺産の価値なのだと思っています。
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