◆平成16年1月 講演録
菅田正昭です。青ヶ島は伊豆諸島の最南端、東京都から約360km、「鳥も通わぬ八丈島」と謳われた八丈島から直線で67~68km離れている島です。そこに私は2度住みました。最初のときは月に船が2便の時代で、ちょっとずっこけると月0便になってしまうというわけで、1ヵ月以上船が来なかったという経験を4度してます。一番長いのは39日間です。ただ一度目の途中から5日に1回船が来るように変わって、大幅に改善しました。日本では沖縄離島が不便だと思われがちですが、実は東京都に属する青ヶ島がつい最近まで日本で一番不便だった。ハシケ作業も一番最後まで残ったという島に住んでいました。そこがある程度私の原体験になっています。
今日お話しするのは縄文時代の信仰で一番シンボル的なものは何か、という事です。そう考えると、蛇ではないだろうかと。確かに縄文中期のシンボルとしてヘビがあるわけです。藤森栄一は『縄文の八ヶ岳』という本の中で、縄文中期一番シンボル的なものはヘビではないかと言っています。縄文中期に普及・流行した物にはほとんどヘビのスタイルが入っていた。そのヘビも藤森栄一によればマムシではないかと。このマムシというのは蛇神、ヘビの神様です。そして女性を象った土偶がたくさん出てくるわけですが、その中にはとぐろを巻くマムシを頭に載せているものが多いということで、やはりヘビが大地母神などの土地の霊性を示す女神というか地母神としてのヘビ、農耕のシンボルとしてのヘビというものがあると。やがてそれがヘビから縄に変わってきたのが、縄文土器の縄目模様の縄文ではないかということが藤森栄一らも推測的に書いているわけです。
私もその通りだと思います。例えば、縄文ビーナスというものがあって、同様の女性を象った土偶が結構たくさんあります。それがどうもお腹が膨らんでいる、ほとんど妊婦のようであると言われている。実は、この妊婦とヘビが関係をしています。斎部いんべの広ひろ成なり(8~9世紀)という人の『古語拾遺』の中に1箇所古語で――古語ふることと訓むんです。「古語に大蛇(をろち)を羽々(はは)と謂ふ。」とただそれだけ書いてあるところが出てきます。つまりヘビというかヲロチというか、これもハハというと言うわけです。お母さんのハハとヘビのハハは違うわけですが、たぶん繋がってくるのではないかと。実はヘビのことをハハというというのは『古語拾遺』にある一例だけでその他には全然ありません。斎部広成がひょっとすると勝手に書いてしまったかもしれないですが、証拠は無いわけです。ただ奄美・沖縄に住んでいる毒ヘビのハブという言葉と、ハハが本当に古語だとすると、ハハとヘビの中間にハブというのは位置してくると考えられます。中間語です。そういう意味では、たぶんヘビの古語としてハハというものが確かにあったのではないかと推測できます。ちなみにヘビのハハ、葉っぱの葉もハです。意味的には隅っこの端(ハシ)はハなわけです。一番先端部分は日本語ではハというわけです。だから葉っぱの葉はハなわけです。歯も先端部分ですからハ。そして、先端部分と先端部分を繋ぐ部分がハシなわけです。それを移動的に繋ぐブリッジ(橋)もそうだし御飯食べるときの箸も全部ハシ。先端はハなんです。口の先歯から出て行く言葉だから「放はなつ」。放つから話す。これで「話す」という言葉になるわけで、基点の先端はハなわけです。鼻(はな)も、ナがついてますがハなわけです。葉の先に付くには花。そういうハ。先端の伸びきっている状態がハハであり、ヘビも同じわけですけど、たぶんそういうことではないかと思われます。
今回縄文の信仰を捉える場合に、ここの会では考古学という形で実際縄文土器とかそういうものから見て考えていきます。その意味では現代生きている言葉から探って古い言葉を推測して、そこから考えることもできるのではないかという形で、お話していきたいと思います。
まず、『古語拾遺』にヲロチをハハという場合のヲロチは、ヲは尾っぽのヲで、ロは格助詞でノと同じ、チは霊という意味のチなわけです。尾っぽばかりの不思議な生命力の生き物、ヲロチはそういう意味になります。頭と尾っぽしかないように視えます。それとヘビを古代の人たちが重視したのは、何度も脱皮を繰り返す生き物だということだと思います。私は昭和20年生まれですが、子どもの頃、生まれ育った東京・大田区の池上にある本門寺の境内に行きますと、しょっちゅうヘビの抜け殻が落ちていました。今ほとんど見かけません。特にマムシは昭和二十八年ぐらいまで蒲田にヘビ屋があったのですが、そこへ持って行くと200~300円で買ってくれるというところがあって、一生懸命マムシ獲りに熱中している子供もいました。それから去年(平成15年)、50代の人で自動販売機の缶を盗んで逮捕されて、執行猶予付きの懲役になった人が、実は10いくつのときから家を出て、ずーっと穴蔵とかに住んで生活して、ヘビやネズミを捕まえて食べてたというふうに言っていました。僕は非常に尊敬すべき人だと思うんですけども、まるでサンカと同じような生活をしてたわけですが、そういうヘビというのが、しょっちゅうある意味では食べ物であるけど、怖いわけです。藤森栄一がマムシを重要視したのは、古代で運の悪い人がマムシに噛まれる、その噛まれた状態のときの死ぬまでの間は神懸りになった状態と非常に似ているからではないかと。つまりマムシに噛まれてしまえばその人は死んでしまうけれど、死に至る期間、神になったということもあったんじゃないかということで、マムシを重視してます。